その6

 今日はあの人が出てくる夢を見た。

 二人で、旅行する夢。
 あの人は旅館の鍵かたてに、きらきら光る海岸線を駆けて、
「生きる〜〜〜〜〜!」
と叫んでいた。私はそれを見て、げらげら笑っていた。信じられないくらい、幸せな夢だった。

 朝、目がさめて、憂鬱だった。一生、夢のなかでいい、と思った。現実はひどく苦しい。そんな始まり方をしたから、今日いち日は少し不穏だった。
 入院生活もなんだかんだ過ぎていきます。
 私はいったいどこへ行けるというんだろう。

その7

 最近いろいろのことが起こったり、起こらなかったりで、心がざわざわと忙しい。
 例えばあの人から、お見舞いにいくよ、と連絡をもらったり。
 あの人との関係が破局した日——梅雨の小雨がしめやかに肌をぬらした日——、私は待ち合わせの時間つぶしに石田千を読んでいたのだけど、そのせいで今では、この作家の名前を見るだけで、あの人に選ばれなかったみじめな私が一生どこにもいけない事実を思い出して、苦しくなってしまう。もう石田千を読めなくなってしまったのです。結構好きだったのにな。
 このように、生きているとどんどん地雷が増えていく。オーケストラ、と聞くだけでもやもやした気分になったり。人生はつらく厳しい。
 そして人生のつらさからいまだに立ち直れていないのに、退院の時期がどうやら近づいているらしいのです。それでまたもやもや。

 退院、ふつうだったら喜ぶべきものなんだろうけど、今の私にはちっとも嬉しくない。というか退院したくない。こんなぐちゃぐちゃを抱えて、外の世界で生きていける気なんてちっともしないから。
 私は甘ちゃんなんでしょうか。たぶん、私には、人生をやっていくだけの能力がなかったのです。

 と、ここまで書いて、読み返してみたら、なんだか言い訳がましく聞こえる文章で、我ながらびっくりしてしまった。私は何に言い訳をしているのだろう。そして文章の感じも、入院序盤のものに比べたら、いくらか落ち着いたような感じがする。私は確かに良くなっているらしい。なにが良くなっているのかは、あんまりわからないけれど。


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