油断大敵

 友人の付き合いで合コンに参加した。男性三人、女性三人の会だった。一次会は小洒落たイタリアンのお店で、数品の料理をお供にワインを数杯飲んで、二次会ではカラオケに行った。私は元来この手の集まりには興味がなかった。ましてや今は、みきという恋人がいる。しかし友人に、どうしても欠員が埋められなくて、もう有梨しか頼れないの、などと言われれば、私も動かざるをえない。私はある試験の直前にその友人に泣きついて、彼女の完璧なノートをコピーしてもらい、何とか単位に漕ぎつけたことがあったのだ。恩のある友人を無下にしてしまう訳にはいかなかった。
 私は照明の薄暗いカラオケルームで、一人の男の可もなく不可もない歌声を聴きながら、一人家に残してきたみきのことを思い起こしていた。私が合コンに行く、というと彼女は心底驚いた様子で、それから少しだけ機嫌を悪くした。私が、友人に借りを返すため、と事情を説明すると引き下がってくれたが、それでも内心面白く思っていないのは明らかだった。今頃、彼女はどうしているかしら。
「歌わないの?」
 隣に座っている男が、私のほとんど耳元でそう言った。名前は覚えていない。確か、趣味でマリンスポーツをやっている、という男だった。日に焼け、体格が良かった。私はその男の、パーソナルスペースの狭さが大変不快だったが、それを表に出さないように、それじゃあ一曲歌おうかな、と笑顔を振る舞った。友人の顔を立てるためだ。私が好き勝手に振る舞ってしまえば、私を連れてきた友人の評判にも関わる。
 気の遠くなるような二時間が終わり、会は解散となった。私は二人に連絡先を聞かれたが、今日は携帯電話を忘れたの、とうそぶいた。私は気疲れしていた。帰りの電車は、友人と一緒だった。彼女は、今日はありがとう、と私に大変感謝しているようで、これで貸し借りはなしね、と私が言うと小さく笑った。やがてみきの家の最寄駅が近づいて、私はじゃあねと言って立ち上がる。すると友人は怪訝そうな表情で、
「有梨の家って、ここだっけ?」
「あ……うん、実は引っ越したの」
「そうなの」
 私の嘘に彼女は引き下がったが、多少納得していない様子だった。私は早足で電車を降りる。私にはみきという女性の恋人がいて、彼女の家に転がり込んで半同棲しているの——などと、言えるはずがなかった。
 改札をくぐって、みきにメッセージを送った。しかし、駅から彼女の家までの徒歩七分の間、メッセージが返ってくることはなかった。家に着いて、合鍵でインターフォンを通り抜ける。エレベーターで三階まで登り、三○二号室の鍵を開ける。
「ただいま」
 返事はなかった。不審に思って室内へ進むと、食卓として使っているローテーブルにみきが突っ伏していた。
「ちょっと、みきっ」
 駆け寄って、その肩を揺らす。彼女はううんと小さく唸ると、ゆっくりこちらを見やった。私はその間に、床に散乱したビールの空き缶や、ワインの瓶を発見していた。有梨、とみきは私を呼ぶと、強い力で抱きついてきた。大変、お酒くさかった。
「ねえ、みき。どうして飲み会に行ってきた私より、みきの方が酔っぱらってるの」
「だって……有梨が合コンなんて行くから」
 その声が少し涙まじりだったので、私は極度の慎重さを要求された。癇癪持ちのみきである。一歩間違えれば大爆発だ。
「それに、帰ってくるの遅いし」
「ごめん、二次会まで行ってて……」
「一次会で帰ってくるって約束だったでしょっ」
「……本当にごめん」
 みきが私をじっと睨む。私はためらいがちに彼女と目を合わせて、それから小さく俯いた。いかにも反省してます、といった態度が重要である。みきは小さく息を吐くと、
「……それじゃあ、キスしてくれたら許してあげる」
 そして目をつむった。どうにかこの場は収まりそうだった。私は内心で安堵しながら、そっと彼女に顔を寄せる。唇が触れ合って、ふっとアルコールが香った瞬間、肩を掴まれ、私は押し倒された。
「ちょっと、みき?」
 カーペットが敷いてあるとはいえ、後頭部に鈍い痛みがあった。彼女は私に馬乗りになって微笑むと、
「悪い子には、おしおきが必要よね」
「で、でも私、まだお風呂入ってないし、手も洗ってないし、これから見たい番組あるし——」
 問答無用。私は食べられてしまった。

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