中華料理(それとビール)

 昼過ぎになってようやく有梨が起き出してきた。彼女はぼさぼさの髪であくびをしながら、お腹が空いたと言った。
「お昼ごはんを食べに行く?」
 私が尋ねると、彼女は嫌そうな顔をする。
「外はめんどくさい」
「でも、冷蔵庫にもう何もないんだもの」
「えー」
 彼女は信じられないと言うように眉をひそめたが、私が冷蔵庫を開けてみせるとしぶしぶと納得した。
「とにかく、その髪と顔をどうにかするのが先ね」
 私は渋る有梨をシャワールームへ押しやり、それからシャワーを浴びて出てきた彼女の髪を乾かしてあげた。
「もうお腹ぺこぺこ」
 有梨がお腹を押さえて言う。
「ちゃんと朝起きてくれば、朝ごはんがあったのに」
 私が言うと、有梨はじとりと私を睨んだ。
 私たちは適当に着替えを済ませて、外に出た。昨日に比べればいくらか暖かな日で、さっぱりとした冬の青空が広がっていた。お昼ごはんを済ませた後には夕食の買い出しをしなくてはいけない。覚えておいてね、と有梨に言うと、彼女は「はあい」と気の抜けた返事をした。
 私たちは近所の中華料理のお店へ行くことに決めた。お店に入る前から香ばしい匂いが私たちを食欲を煽った。バイトのお兄さんに案内されて、私たちはテーブル席に腰をかけた。お昼時とあって、店内は多少混雑していた。何を食べようかしら、とメニュー表に手を伸ばした時、
「あ、ビール……」
 有梨が小さく呟いた。顔を上げると、彼女の視線は、隣のテーブルでおじさんが飲んでいるビールジョッキに注がれていた。
「昼から?」
 私の声はいくぶん冷ややかだっただろう。いいじゃない、と有梨は言った。その日は土曜日で、特別用事のない日であることは間違いなかった。
「私は飲まないからね」
「いいよ。一人でも飲むもの」
 そして彼女は、餃子ひと皿とビールを注文した。私は餃子と炒飯のセットを注文した。ビールの提供は早かった。大きなジョッキに並々と注がれたビールは、薄ぼけた店内のなかで金色に輝いていた。有梨は早速ジョッキに口をつけて、それからふうっと大きく息を吐いた。
「幸せ……」
「有梨ってば、おじさんくさい」
 やがて餃子と炒飯がやってきて、私たちは食事を始めた。有梨はとても美味しそうにビールを飲んだ。そして私は、餃子とビールの組み合わせがどれだけ素晴らしいものか、よく知っていた。
「ね、有梨」
「なあに」
「ビールを一口だけちょうだい」
 有梨はにやりと笑った。
「あれ? みきは飲まないんじゃなかったの?」
「……そのつもり、だったけど」
 仕方ないなあ、と有梨はいたずらな目で私を見て、ジョッキを渡してくれた。そのビールは、ほとんど犯罪みたいな味がした。
 結局私たちは二杯ずつビールを飲んだ。お店を出る頃には心地よく酔いが回っていた。有梨が私の手を取った。私たちはスキップをして家まで帰った。気づけば私は可笑しくて笑いだしていた。有梨も笑っていた。白昼堂々、手を繋いでスキップをする私たちは随分と変な目で見られただろう。けれど、そんなの全然気にならなかった。幸せ、と有梨が言った。私は大いに同意した。
 家に帰って、有梨はまっすぐにベッドに向かった。
「ちょっと、また寝るの?」
「お酒を飲んだら眠くなっちゃった」
 みきもおいでよ、ちょっとお昼寝するだけだから。そう誘われて、私もベッドに潜り込んだ。そこで私は、夕食の買い出しをすっかり忘れていたことに気づく。
「覚えておいて、って言ったのに」
「夕方に行けば大丈夫だよ」
 そして私たちは夜までぐっすりと眠った。

inserted by FC2 system